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ブラックジャーナル

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2016年10月04日
ポジティブ

ワタミの失敗〜「善意の会社」はなぜブラック企業の代名詞になったか

ワタミの失敗〜「善意の会社」はなぜブラック企業の代名詞になったか
成長企業に待ち受ける「落とし穴」

世間から「ブラック企業の代名詞」として、長きにわたって批判を浴び続けている大手飲食チェーンのワタミ。

創業者の渡邉美樹氏をはじめとする経営者たちは「ブラックとは全然思っていない」などと発言を続けていたが、2015年に社長に就任した清水邦晃氏は「世間のブラック企業との批判を真正面から受け止める必要がある」として改革を推進。現在は全社的に企業体質や労働環境の改善に取り組んでいるところだ。

今回は、100人以上のワタミ関係者への取材から、その改革の内実に迫った『ワタミの失敗』(KADOKAWA)を上梓した働き方改革総合研究所代表、ブラック企業アナリストの新田龍氏が、「ワタミの失敗事例から学ぶ、ブラック企業とならないための方法論」を明かす。

この3年でワタミが失ったもの

ワタミは「ブラック企業批判」の渦中にいた2013年度から14年度にかけて、単体で15億円の売上を失い、純利益ベースでは33億円の黒字から124億円の赤字へと、実にマイナス380%もの利益が吹き飛んでしまった。自己資本比率は10%を切って債務超過寸前と、まさに倒産まで紙一重という状態であった。

2016年度決算では辛うじて純利益黒字で着地したものの、決算説明会では清水社長が「たくさんのブランドを毀損してしまった」と語ったとおり、ブラック批判にあえいだ3年間で、ワタミが失ったものは大きい。

世間からの批判に対してワタミは、自社がブラック企業だとは頑として認めてこなかった。そのような頑なな姿勢がさらに強い反感を呼ぶ、という悪循環であったことを考えると、ワタミは世論の強さに少々無頓着すぎたといえよう。

「ワタミが失敗してきたこと」の数々は、経営者や従業員にとって学びの宝庫だ。お伝えしたいことはたくさんあるが、特に重要な心がけるべきことを2点述べておきたい。

「当たり前」という感覚こそ危ない

本書執筆のための取材活動を通して、私は数多くのワタミ従業員と会い、話を聴いてきた。彼らは異口同音に「大変だけど、勢いがあって愉しい」「成長を実感できる」と語っており、世間で吹聴されているブラック企業のイメージとは根本的に異なる感覚であった。

これらは、私自身の「ブラック企業原体験」と重なる部分である。それは私が新入社員の頃、掲示板サイト「2ちゃんねる」上において、自社が「ブラック企業」として扱われていたのを見たときだ。「へー、ウチってブラック企業だったんだ……」と、他人事のように感じていたことが思い返される。

当時の私は、「将来の起業のため、人より早く経験を積みたい! 稼ぎたい!」と願っていたため、ハードワークや強烈なプレッシャー等は覚悟の上で入社していた。したがって「ブラック=日常」であり、特段疑問を持つ機会も意識もなかったのだ。

この「自分たちにとっては当たり前」という感覚は、とくにスタートアップ段階の成長企業や、労働集約型で慢性的に長時間労働になってしまっている会社や業界でしばしばみられる。そしてこの点こそ、世論との乖離が発生しやすい要注意事項でもあるのだ。

「スタートアップならハードワークは当然」「この業界では定時帰宅なんてムリ」…

各業界にはさまざまな「業界内の常識」があるものだが、そんな感覚は世間一般には通用しないものだ。また社内的にも、同じ価値観を持った者たちだけで集まってやっている分にはまだよいが、組織規模が拡大し、「有名企業だから」「大企業だから」といった理由で入社した社員に対しては、その価値観はもはや通用しない。

人材マネジメントの観点から考えれば、起業家精神に溢れ、個々人がリーダーシップを発揮できる組織は最強だ。しかし、労働者はあくまで労働者。頑張って働いてくれる従業員に経営陣が甘えることなく、然るべき制度やシステムを率先して整えていくべきなのだ。

「大企業」でも中身は「中小零細企業」レベル

企業は成長に従って、その規模や社会的影響力に見合った人材が、然るべきポジションに就いてリーダーシップを発揮していかなくてはならない。

しかしワタミの場合、理念やビジョンをはじめとしたリーダーシップは創業者である渡邉美樹氏に依存し、規模が大きくなって上場企業となった後でも、オペレーションやガバナンス体制や人事制度は中小零細企業のままで変わっていなかった。

渡邉氏は強力なリーダーシップを持っているが、常に正しいわけではないし、たまに暴走もする。そんなとき、彼を諌め、メッセージをかみ砕いて現場に伝えることができるナンバーツーが存在せず、そのしわ寄せやあおりは、すべて現場の「人のいい従業員」が背負ってしまったという構図である。

そうならないように仕組みを設けるべき人事部門は、本来価値を発揮することなく、オペレーションを回すことに終始していたのだ。

これはワタミに限らず、世の離職率が高い会社にも言えることだが、「辞めていく人が多く、残された人に負荷がかかって大変」という状況に対して、人事部門は本来、

「なぜ辞めていくのか」
「その原因を除去するにはどうすべきか」
「その上で、どのように効率的なオペレーションにしていくか」

といったことを考え、手を打たなくてはいけないはずだ。

しかしワタミの場合は幸か不幸か、「残された従業員が頑張る」ことで何とかなんとかなってしまっていた。それでは、仕事は辛うじて回るが、改革のチャンスは失せてしまう。そこに、渡邉の「ワタミの従業員ならこうあるべき」という持論が重なる。

「もっと皆が成長すればいい」
「マネジメントできる仕組みをつくるのが店長だ」
「アルバイトとして扱うと、時間給を貰うという意識しか育たない。社員として扱え」

確かに正論なのだが、「そうあるべき」という精神論と、「その実現のために、会社として何を用意しているか」というのは別問題だ。

どのようなオペレーションを実現していくべきか、レクチャーしてフォローしていく人事的機能がなければ、結局店長がすべての課題をひとりで抱え込んでしまうブラック労働に行き着いてしまうことだろう。

ワタミの事例は、多くの中小企業が陥りがちな展開に警鐘を鳴らしてくれている。重要なのは、何も特別なことではない。「会社としての労務管理」、すなわち人事制度や組織構築など、会社成長の陰で優先度が劣後していた点に危機意識をもち、対応すべきだったのだ。

自社が掲げる理念の良い部分は維持しながら、制度や仕組みはコンプライアンスを遵守し、組織の急拡大に伴って露呈してきたネガティブな部分をカバーできるガバナンスを導入すべきであった。

見極めるべきは世間とのギャップ

ある会社が「ブラックだ!」と批判される場合、それは決して「会社ぐるみで、意図的に違法行為を行っている」という意味ばかりではない。そこには、

「(確実にクロではないが)疑わしい状態にある」
「(違法かどうかは関係なく)モラル的によくない」
「(個人の価値感として)容赦できない」

といったニュアンスが含まれる。

「ブラック」という評判を頑なに否定したワタミの過去経営者たちは、そのような「意図的な悪意はない」という点を伝えたかったのかもしれない。しかし、ワタミには労働基準法違反を含めた疑わしい事象があったことは事実だから、結果的に「ウソつき」と認知されることになってしまった。

ブラックの捉え方に齟齬をきたさずに、世間からの批判を認めて改革の取り組みをもっと早く開示すればよかったのだ。

これはワタミに限らない。経営者や従業員は、世間が何に対して反応し、どんな論点で批判し、または賞賛しているのか見極められれば、一歩先んじることができるだろう。

仮にそれが「ブラック批判」であるならば、どんな事象がブラックと指摘されているかを明らかにし、その原因分析、さらに改善に取り組んでいる内容と進捗状況を開示することである。その上でさらに、ポジティブな情報を発信していくことだ。

自社にまつわる良質な情報が圧倒的に多ければ、それだけあなたの会社を応援してくれる人が増えていく。「そんな会社ではない」と考えてくれることにつながるはずだ。

 

<元記事>

ワタミの失敗〜「善意の会社」はなぜブラック企業の代名詞になったか
成長企業に待ち受ける「落とし穴」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49792

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